大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)4610号 判決

原告 佐藤洋

右訴訟代理人弁護士 斉藤治

被告 藤田久三

主文

一  被告から原告に対する東京地方裁判所昭和四四年(ユ)第一七八号宅地建物調停事件の調停調書の執行力ある正本(ただし昭和五〇年一二月五日執行文付与のもの、に基づく強制執行はこれを許さない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  第一項掲記の調停調書の執行力ある正本に基づく強制執行は本案判決確定に至るまでこれを停止する。

四  前項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨

二  本案前の答弁

1  本件訴を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

原告の本訴請求は昭和四五年二月二四日成立した主文第一項掲記の調停調書(以下本件調停調書という。)の後記原告主張のような第八項(一)の建物明渡請求権の不発生に基づいて異議を主張するものであるが、原告は本訴に先立ち右と同一の異議事由により執行文付与に対する異議申立をなし、現在東京地方裁判所昭和五〇年(モ)第一六四三〇号事件として係属中である。従って、本訴は二重起訴の禁止に触れ不適法な訴訟である。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  本案前の答弁に対する、原告の主張

原告が本訴請求に先立ち、被告主張のような執行文付与に対する異議の申立をし、現在東京地方裁判所昭和五〇年(モ)第一六四三〇号事件として係属であることは認めるが、右異議申立事件と本訴とは訴訟物を異にするから、二重訴訟とはならないし、仮りに両者がいわゆる二重訴訟の関係にたつとしても、それは本訴の控訴審における口頭弁論終結の時点において判断されるべきところ、右異議申立事件が、取下ないし却下等によりその係属がなくなれば、二重訴訟禁止にはふれないのであるから、本訴を直ちに不適法として排斥することは許されない。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原、被告間には、被告所有の建物を被告が原告に賃貸するにつき、本件調停調書があり、同調書の第八項には、「左記事由が生じたときは何等の通知催告を要せず本契約は解除され、被告(本訴における原告)は賃借物を明渡さなければならない。

(一) 賃料の支払いを二ヶ月分以上滞ったとき

(二) 本契約に違反したとき」

との記載がある。

(二) 被告は、原告に本件調停調書第八項(一)(以下本件条項という。)の該当事実があったとして、昭和五〇年一二月五日右調停調書の正本に対する執行文の付与を受け、建物明渡の強制執行を準備している。

2  しかし、原告には二ヶ月分以上前記賃料を滞った事実はなく、従って本件条項の該当事実はない。すなわち、被告は原告に対し、原告が賃借建物につき被告に無断で増改築をしたとして昭和四八年三月二八日条件付解除の意思表示をし、同年六月六日原告に対し建物明渡訴訟を提起した。

そこで原告は、被告に対し賃料の提供をしても被告がこれを受領しないことが明らかであるから以後の賃料を弁済のため供託していたのであるが、昭和五〇年三月一日の控訴審判決の確定(本件原告勝訴)による右訴訟終了後も被告から直接何らの通知、催告がないので右供託の原因が継続しているため原告は依然として右供託を継続していた。従って前記執行文の付与があるまでの原告の賃料債務はすべて供託により消滅しているのである。

なお被告主張の後記二の事実中、2の(一)、(二)の事実、原告が昭和五〇年三月分ないし五月分の賃料の供託を被告主張の日それぞれしていること及び本件調停調書第二項に賃料支払の時期、方法につき被告主張のような記載があることは認める。

3  仮りに前項記載の弁済のための供託が不適法であり債務消滅の効力がないものとしても、前項記載のように賃貸借契約の存否をめぐって訴訟上の紛争を生じ、かつ、右紛争に関連して原告が弁済供託を継続しているという特別の事情があるときは催告を経ずして賃料不払を理由に契約を解除することは信義則に反し許されず、従って本件条項に該当しないものというべきである。

4  よって原告には本件条項に基づく建物明渡義務は発生していないので、原告は本件調停調書の前記執行力ある正本に基づく建物明渡の強制執行の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)の事実を認める。

2  同2の事実は、原告が二ヶ月分以上賃料を滞ったことのない事実を除きすべて認めるが、原告には二ヶ月分以上賃料を滞った事実はなく従って本件条項の該当事実はない旨の主張、無断増改築に基づく建物明渡請求訴訟終了後も供託の原因が継続している旨の主張及び執行文を受けるまでの賃料債務はすべて供託により消滅している旨の主張はすべて争う。すなわち、次のような事実により昭和五〇年三月一日もしくは同年四月一四日を経過するとともに、原告には、被告において賃料受領の意思があることが明らかになったというべく、従って供託の原因は止んだものである。

(一) 同年三月一日、原告主張のような被告敗訴の判決が確定した。

(二) 被告は同年同月二四日、原告がそれまでにした同年同月分までの賃料についての供託金全部の還付手続をとり、同年四月一五日その全部の還付を受けたのであるが、そのさい、被告において原告のした昭和四九年一一月分及び同年一二月分の賃料の供託通知書二通を紛失したので、供託規則三〇条により、供託官において、原告に対して被告の右還付に対する異議のある場合には昭和五〇年四月一四日までにその申立書を提出すべき旨の催告をする書面を発し、右書面は同月二八日原告に到達したのであるが、結局原告が右期間内に右異議の申立書を提出しなかったので、右のように被告は供託金の還付を受けたものである。

従って原告のした同年三月一日以降もしくは少くとも同年四月一五日以降の供託(同年三月分については同年二月二五日、同年四月分については同年三月三一日、同年五月分については同年四月二五日それぞれ供託)は無効であり、本件調停調書第二項には、賃料は毎月末日限り翌月分を本件被告方に持参又は送付して支払う旨の約定があるから、原告は昭和五〇年四月分以降の賃料を遅滞しているものである。

3  同3の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本案前の主張について

被告は、原告において、本件請求異議訴訟を提起したが、これに先立ち、原告において右と同一異議事由に基づく執行文付与に対する異議の申立をした(東京地方裁判所昭和五〇年(モ)第一六四三〇号事件)(以上事実は当事者間に争がない)、両者については同一の異議事由に基づくもので二重起訴の禁止に抵触する旨主張するが、右の両者は目的を異にした別個の不服申立方法と解すべきものであるから二重起訴には該らないものというべきである。

二  請求原因1、2(ただし原告が二ヶ月分以上賃料を滞っていないとの事実を除く)の各事実は当事者間に争いがない。

そこで、被告から原告に対する建物明渡請求訴訟終了後の原告のした供託の有効性について検討するに、右当事者間に争のない事実と当事者間に争のない被告主張の二の2の(一)、(二)の各事実、原告が被告主張の日、昭和五〇年三月分ないし五月分の各賃料についての供託をそれぞれした事実、及び本件調停調書第二項に被告主張のような記載のあることに徴すると、原告主張のように被告から前記訴訟終了後、原告に対して直接賃料を受領する旨の何らの催告、通知はないものの、原告には少くとも同年四月一四日を経過するとともに、被告に賃料受領意思があることが明らかになったというべきであるからこれにより供託原因は止んだものというべきである。従って同年同月一五日以降の賃料供託は無効であり、前記のように本件調停調書第二項には賃料は毎月末日限り翌月分を賃貸人方に持参又は送付して支払うことが約定されているのであるから、結局、原告は昭和五〇年五月分以降の賃料につきその支払いを遅滞しているものといわざるを得ない。

しかしながら、原告は供託原因が止んでいるとはいえ以上のような事情の下で約定賃料の供託を継続している以上、被告から直接原告に対して、賃料は以後調停条項に従って被告宅へ持参もしくは送付するようにとの通知もしくは催告さえあれば原告は供託を止め右条項通りにすることが当然予想されるのであるから、この点からすれば解除原因としてのいわゆる賃料不払とは全く事情を異にしているのであって原告の本件賃料遅滞における背信性はほとんど認められず、また逆にいえば、被告としても原告の賃料供託の事実を認識しているのであるから右のような通知・催告さえすれば原告の賃料遅滞状態は解消することが十分予想されるというべく、本件調停調書第八項(その(一)につき)の条項は、特段の事情の認められない本件にあっては、特に信頼関係を破壊するていどの賃料の不払のそれがあった場合にのみ催告及び解除の意思表示不要の趣旨の特約と解するのが相当であるから、結局本件においては賃貸借解除の効力は生ぜず、右条項に基づく建物明渡義務は発生していないものと解すべきである。

三  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、強制執行停止及びその仮執行宣言につき同法五四八条一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例